アート作品はなぜ意味がわからないのか(twitterまとめ)


アート作品というのは基本的に意味のわからないものだけども、それを理由にとりあえず馬鹿にするというのは完全にお門違いで
それはなぜかというと、そもそもアート作品とは一般大衆向けに作られるものではないからなのです。
その辺の「アート意味わかんね」については思うところあるので、書いてみようかと。



創作者っていうのは誰しも、いい作品が作りたいって思ってます。
いい作品を作るためにはそれなりに時間が必要で、やっぱり趣味の範囲だとある程度限界があるのです。
そんで創作に使うための時間を増やすにはやっぱりお金が必要で、創作ばっかしてたらそれはやっぱり、作品を売って稼ぐってことになる。


んで問題は誰に買ってもらって、創作生活を支えてもらうかーってとこなんですが
例えば音楽、漫画、アニメっていうのは大量複製ができる作品(複製芸術)だから、主な購買層は「できる限り沢山の人(大衆)」になる。だから、複製芸術は必然的に「大衆に買って貰える作品であることが前提」になってくるのです。



それに対して、例えば絵画っていうものは一点物で
音楽CDみたいに1ヶ月で何千何万枚売るだとか、そういうことができない。
1ヶ月で4枚の絵が描けるとするなら、やっぱり手取りで1枚4万円以上とかないとヤバイわけで、無論流通の関係で絵の値段というのはもっと高くなる。


すると、そういう高価な作品を制作する創作者を買い支えてくれる人ってのは、必然的に「一握りのお金持ち」になる。
だから一点物の販売っていうのは、必然的に「一握りのお金持ちに買ってもらえる作品であることが前提」になってくるわけで、そのお金持ちの市場のことを「アート市場」と呼ぶんだと思う。



重要なのは、複製芸術がクリアすべき最初のハードルが「大衆市場で理解されること」なのに対し、
アート作品は金持ち市場ウケ前提、つまり「一部の界隈の人間に理解されること」、これがクリアすべき最初のハードルとして設定されているということ。

つまり、その界隈事情を知らない一般人が「アート意味わかんね」と感じたり、「普通の感覚」では全く理解出来ないものがアート界隈で大人気だったりするのは全くもって当然のことで、それを知らずにアート作品などを頭ごなしに馬鹿にするのはお門違い・・・ということなのです。


ただ、後はもうこれは個人的な見解なのだけど、ポップなだけの音楽がクソであるのと同様、「アート界隈だけに理解される作品」も、やっぱりよろしくないと思う。
ポップながら確かなものを感じる音楽が素晴らしいのと同様、大衆に理解できる余地のあるアート作品は、やっぱり素晴らしいと思うのです。

また複製芸術を生業とする人は大衆向けに、一点物の芸術を生業とする人はアート界隈向けにまず作品を設定しなければならない、という点以外はどちらも同じ、もっといいものを作っていきたいと願う作家であることには違いないので
そこがわかれば、アートだけイミフでキチガイで創作的には別世界ジャンルみたいな偏見的見方も、ある程度なくなるんじゃないかと思います。